「時が経つのは早い」という言葉も憚られるような気がする。
身近な人を無くした人にとってはその場に残されたままの気持ちがあるかも知れないから。
それなりに歳をとり、人生の折り返し地点を過ぎると、身近な人が亡くなるという経験はいくつかある。
にせよ、私の想像が追い付かないのは、この天災で人が亡くなるということ。
これだけ災害が多いと言われる国で、それなりに覚悟をして生きていかねばならないのは
頭の隅では分かっていてもやはりどこかで傍観している自分がいたり。
阪神大震災を大阪で経験したにも関わらず、自分たちは綱渡りをしているような
危険な状況の中で毎日「生かされている」ということが事実でもあるにも関わらず。
天災は英語では"the act of God"という。
なるほど、古事記に出てくるすさのおが大きな声で泣いただけで
山は枯れ地は荒れ果て、あまてらすに会いに行こうと駆けるだけで地響きが轟く。
人間の理解を超えた天災を経験するたび、
わたくしたちはいろんな意味で神様を意識せずには
いられないのではないだろうか。
あれから8年。あの年に生まれた子、あの時に子供だった子は
8歳になり大人になり。。。
命は継がれ。。。
日本人にとって神様とは自然そのものであり、
その自然である神様は命を与えもすれば奪いもする。
古事記シリーズを書き出した頃の原点(=心の起点)を何か思い出しました。