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「憲法記念日」はいらない

 

5月3日は「憲法記念日」。

「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」日とあるが、

私にはこの日が、米国産「平和憲法」による「日本呪縛記念日」のように思える。

 

日本国憲法が公布されたのは昭和21(1946)年11月3日。なぜこの日が「記念日」にならなかったのか。

それは、敗戦の結果いくら米国に押し付けられた憲法とは言え、11月3日「明治節」(明治天皇誕生日)を

「文化の日」として残したかったからに他ならない。代わりに、半年後の昭和22年5月3日、施行された日が

「憲法記念日」として選ばれた。

 

先述したように、日本国憲法は米国産である。

 

GHQ最高司令官であったマッカーサーの手書きのメモ「マッカーサーノート」に基づき、GHQが草案を作成。

それを2月13日に当時の日本の幣原喜重郎首相、吉田茂外務大臣、同席していた白洲次郎に手渡し

密談が行われたことが記録に残っている。

 

実は、GHQ草案が上記の日本人に手渡される前、すでに2つの異なるチームがそれぞれの改憲草案を作成していた。

ひとつは敗戦以前に首相を務めていた近衛文麿のチーム。

もうひとつは当時の首相、幣原喜重郎のチーム。

 

が、近衛文麿の草案は海を渡りニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙で突然報道され情報がリーク。

(その後、近衛文麿は「戦犯」にされ、服毒自殺)

日本政府、幣原首相チームの草案はマッカーサーに提出する寸前に毎日新聞がリーク。

 

事情を知ったマッカーサーは激怒。

2つの草案を瞬殺。

新しい日本の憲法には、「日本が再び、米国と世界の平和に対する脅威とならない」よう

天皇の権能縮小と戦争放棄の2点を明記することが何よりも重要だと考えていたからだ。

 

日本人に彼が理想とするような憲法は書けないと悟ったマッカーサーは、部下のホイットニーにメモを渡し、

すぐに草案に取り掛かるよう指示。将来、アメリカ大統領を夢見ていた彼は、

ワシントンにあった極東委員会に邪魔される前に1日でも早く既成事実を作り、

実績を残したかった。「新日本国憲法」作成は彼にとっては絶好のチャンスだったのだ。

 

2月1日に毎日新聞にスクープされ、13日にGHQ草案が渡されるまでわずか12日間。

この2週間足らずの間(実際には8日間)に草案は書かれた。

その「即席米国産憲法」だが、日本には断れる選択肢など最初からなかったことは容易に想像できる。

 

もし、密談の場で反抗しようものなら…

・天皇陛下の命の保障はない

・密談に応じた彼ら自身が戦犯にされ公職追放

・さらなる原爆投下

 

70分足らずの密談中、たとえそれが明確に言葉にされなくても、

相手の言動の端々からそういったことを幣原首相、吉田茂外務大臣らが感じ取るには十分だった。

 

すなわち、脅されたのだ。

「敗戦国に対して恒久的な法を強いてはいけない」という国際法など通用するはずもない。

 

草案を渡されたあとはひたすら、いかに英文を日本語らしい響きに直すかという作業が続く。

そして、日本語訳が完成し、それが「内閣草案」として枢密院で可決され、国会に提出され、

衆議院と貴族院でそれぞれ協議された後、天皇の承認を経て(米国産)日本国憲法は公布、施行された。

 

これが日本国憲法が出来上がった経緯であるが、あれから70年以上の時を経てもなお、

令和2年度に使用される文科省認定の社会の教科書には、

「日本国憲法は、太平洋戦争が終わり、人々が平和を願う中で、1946年に公布されました」

としか書いていない。

 

占領下でGHQが作成したという史実は伏せたまま、さらには憲法9条を取り上げ「平和主義」や

非核三原則を謳う。WGIPは過去のものではないかの如く。そして、

この物事を大局的に見ようとしない非現実的な「平和教育」へのスタンスは今も変わっていない。

 

事実に目を瞑っていては、判断を間違える。

正しい判断のためには、正しい情報が必要。

与えらるのを待っているのではなく、積極的に情報を取りに行く。

その中で情報をふるいにかけて、本当に価値のある核となる情報だけを己の中に蓄積していく。

そういう姿勢が、ひとりひとりに求められている時代にもかかわらず、だ。

 

話は戻り、そこでだが、事実を子供に伝えるため、私なりに憲法について調べてみた。

莫大な情報なのでここではその一部だけを紹介する。(データは2013年時点のもの)

 

・日本国憲法は世界で唯一の「平和憲法」ではない。世界188の憲法の84%に「平和条項」がある。

・日本国憲法は新しくない:1946年に施行された日本国憲法は今では世界で古い方から数えて14番目になる。

・「平和条項」は自衛を否定するものではなく、「平和条項」と「兵役の義務」がセットで規定されている国もある。 

例)イタリア、アゼルバイジャン、ドイツ、韓国など)

・一番多くの国が憲法で規定しているのは「国家緊急事態対処条項」。次に多いのが「平和条項」。→「国家緊急事態対処条項」と「平和条項」をセットで定めるのが世界共通の現象。

・日本国憲法の「国民の三大義務」のうちの「勤労の義務」は社会主義国憲法に特有のものであり、他の国の憲法には「勤労の義務」の代わりに「国防の義務」が規定されている。

・憲法は時代に合わせてアップデートするのが世界の常識。 例)アメリカ18回改正、イタリア 16回、ドイツ59回

 

 

いかがだろうか。

危機の時こそ、憲法の真価が分かるというが、武漢肺炎が取り沙汰されている今はどうだろうか。

疫病だけでなく、テロ、侵略、災害…工作(スパイ活動)、情報戦、歴史戦など血を流さない戦争、さらには目に見えない戦争とされるサイバー、電磁波、宇宙空間を利用した攻撃…私たちは日常生活の中で気づかぬうちに脅威に晒されている。

 

憲法は今、我々を守ってくれているだろうか。

そして逆に我々は国家の危機には国民として「国防の義務」を果たすことはできるのだろうか。

 

現在のような非常時に政府はなぜ「要請」ばかりを出し続け、他国のように思い切った政策が迅速に取れないのか。

なぜ、他の先進国のように、補償とセットにした休業・移動制限を「強制」することできないのか、考えたことがあるだろうか。それは、もとを辿れば、憲法に通常あるはずの「国家緊急事態対処条項」がないからだ。裏返せば、国家として国の緊急事態を想定さえせず、70年前の憲法を放置し続けた結果が今、政府・国民両方に災難として降りかかっているのである。

 

これからやってくるかもしれないさらなる危機に備えるためにも、今回の武漢肺炎をきっかけにぜひ、考えてみて欲しい。

この憲法で、この先も祖国と国民を守れるのか。

憲法をどうすべきか。

 

最後に、憲法改正に関する昭和天皇のお言葉で締め括りたいと思う。

 

「再軍備によつて旧軍閥式の再抬頭(たいとう)は絶対にいやだが 去りとて侵略を受ける脅威がある以上 防衛的の新軍備なしといふ訳ニはいかぬと思ふ」からで、憲法改正についても「軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してやつた方がいヽ様ニ思ふ」

 

参考資料:

【中高生のための国民の憲法講座】https://www.sankei.com/life/news/130706/lif1307060025-n1.html

JAPAN Forwardhttp://japan-forward.com/japanese/【主張】昭和天皇と戦争反省と再軍備に矛盾ない/

PRIDE and HISTORYhttp://www.prideandhistory.jp/mt/mt-search.cgi?search=日本国憲法&IncludeBlogs=1&limit=20