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悩める?子育て

 

もうそろそろ、彼女の話をしてもいいと思う。

 

私には私の人生を変えてくれた、いや、人生の分岐点において私を救ってくれた二人の女性がいる。

今から話すのはそのうちの一人で、残念なことに7年ほど前の七夕の頃突然帰らぬ人となった。

 

もう彼女に会うこともないのだろうが、もし夢の中ででも会うことがあったなら、

一度でいいからちゃんとお礼を言いたい。

 

私を何度も救ってくれてありがとうと。

 

出会いは、20年以上も前。

ニュージーランド北島のとある町。

日本の富士山と似た山があり、映画「ラストサムライ」のロケ地にもなったところ。

 

当時の私は、典型的バックパッカー。

バックパックにスリーピングバッグをぶら下げて町から町、宿から宿へと転々と観光と移動を繰り返す日本女子。

その日も、大きな荷物を背負って炎天下をとにかく目的の宿へと向かう。

 

が、思ったより遠かったのだその場所は…

 

 

道中、きっと不安さが顔に出ていたのだろう。

陽炎の中に永遠と続く坂道。

歩道を歩く私と向かいから進行してきた真っ赤な高級車がすれ違う。

一瞬だが、ふとその運転手(中年女性)と目が合う。

 

ヤバイ、と思った。

とっさに目を逸らしたが、数分後、その車は再び私の前に現れた。

わざわざUターンしたのだろう。

 

今度はちゃんと私の横で止まる。

"Are you all right?"

窓を開けて、彼女が私に尋ねる。

 

"Yeah. I'm OK."

(心の叫び:全然OKじゃないけど…)

 

すると彼女はそのまま走り去っていった。

これで終わったと思った。

もう、どこの山の中だろうが、とにかく今日予約してある宿を見つけ出して

辿り着くしかないと覚悟を決めた。

 

が、数分後…。

去ったはずの彼女の車が再び私の前に現れたのだ。

今度は彼女は車から降りてきて、直接私に話しかける。

 

"Where are you going?"

"To the backpacker's I've booked for tonight, but...looks like I'm lost."

"Do you need a ride?"

 

そんな会話をしたかと思う。

普段の私なら、絶対に知らない人の車には乗らない。

ましてや外国だ。

 

でも、彼女の出で立ちや話し方、雰囲気からなぜか妙な安心感があり、

「この人は大丈夫」という確信が持てたのだ。

 

結局、目指していた宿は諦めて彼女の勧めで、町中のもっとアクセスの良い

宿に向かうことになった。その場で車に装備されていた巨大な携帯電話?から

予約を入れてくれ、あんなに歩いたのに、車では一瞬にして宿に着いた。

 

チェックイン後、お礼を言い、ニュージーランドでまたいい思い出が増えたぐらいに思っていた。

 

ところが、驚いたのはそのあとで…

明朝、彼女は私のドアをノックし、ドライブに誘うのだ。

 

流石に、「え〜なんでここまで(してくれるのだろう)?」と思ったが、

多分前日の車中の会話で、ワインが好きとかなんとか言っていた私の言葉を覚えていて、

「いいワイナリーがあるのよ〜。案内するわ」

というのだ。

 

え?

まじか。

 

いいの?

 

で、結局ドライブに連れて行ってもらった。

ニュージーランドにはたくさんのワイナリーがあるが、ここのワイナリーには

珍しいボイズンベリーのワインがある。濃厚で一度飲めばハマる。

ワイナリーにはレストランが隣接しているからランチもいただける。

会計だって彼女持ちだ。

「ここはニュージーランドであなたは日本からのゲストだから」

こんな人、いる?

 

その後、一度その町を離れて、再び戻ってきたときには、自宅にまで招かれ

ご主人とも会った。夫婦の会話を楽しむため、家にはテレビを置かないと言う。

食事が終わると、「これは僕の仕事だから」と席を立ちご主人がお皿を洗う。

典型的な「キューイハズバンド」というところかしら。

それにしてもなんて素敵なご夫婦。

 

道端で私を救ってくれた彼女とはその後もニュージーランドに戻るたびに再会したが、

2002年ごろに最後に会った後も、彼女は私を救い続けてくれた。

 

今思えば、私はあの時、再び人生の分岐点に立っていたように思う。

20代は随分と仕事にプライベートに日本から出たり入ったりを繰り返していたが、

いざ日本に腰を落ち着けようとすると、子供の頃から悩み続けていた母親との関係に

心が塞ぎ身動きが取れなくなっていた。

 

私がそんなメールを送ると、

「ここ最近、あなたの顔がずっと浮かんで…、何かあったのかなって」

と返信がきた。

 

彼女の言葉が私を解放してくれた。私の背中を押してくれた。

すでに30歳を迎えていた私が出した結論にもちろん周囲は驚いたが、

一度心が決まればぶれないので粛々とことを前に進め、数週間後には就職先を決め上京した。

 

あれからさらに時間が経ち、今度は私が日々子育てに悩む母親という立場になった。

が、彼女からもらった言葉は、ずっと私を支えている。

 

"If you love something, set it free

if it returns, it is yours

if it does not, it never was"

 

子供っていうのは一時的に神様から私たち親が預かっているもので、私たちはベストを尽くして子供を育てるわけだけど、

ベストを尽くした後は手を離して。今度は子供たち自身が自分がなりたい人間になれるように。

子供たちは親のもとへ帰ってくることもあれば、新しい知識と経験を手にそのまま親とは違う世界に飛び立つこともある。

 

 

 

あぁ、また彼女に救われてしまった…。